foop×Celaravird
第3回:シェフたちが夢見る、食と水耕栽培の未来
2017年3月30日
今、東京でもっとも注目されるレストランのひとつ「セララバアド」。
人々の注目を集める理由は、オーナーである橋本宏一シェフの豊かな発想力と最新のテクノロジーの融合により、
”おいしい”にとどまらないまったく新しい食体験を提供していることにある。
つねに新しい技術や思いがけないアイデアにアンテナを張り、自らの料理表現へと落とし込んでいく橋本シェフ。
水耕栽培ができるインテリア「foop」は、まさに橋本シェフのクリエイションにぴったりと当てはまるプロダクトだ。
全3回でお送りする連載の最終回では、現代的な感性で新しいレストランのあり方を提案する
「PATH」のパティシエ・後藤裕一氏をゲストに、東京の飲食シーンを牽引する二人の料理人による特別対談が実現。
アイディア・セッションを通して、食という切口から見るIoT水耕栽培の未来を覗きながら、
foopのこれからについて思いを巡らせていく。
後藤氏は、フランスで50年近くミシュラン三ツ星に輝く伝説のフレンチレストラン「トロワグロ」にて、アジア人初のシェフパティシエとして経験を積み、日本に戻った後シェフの原太一氏とともに現代的な感性でレストランのあり方を追求する「PATH」をオープン。これまでのパティシエ像にとらわれない自由な発想で、メニューの創作やコンサルティングを行っている。
連載最終回となる今回は、コース料理を中心とした橋本シェフからの視点とこれまでの連載での実験結果を踏まえて、カジュアルさを重視したお店づくりをしている後藤氏の新たな視点を加えることで、食という切口からfoopとIoT水耕栽培の未来を描き出していく。
「意外さ」を「楽しさ」に変える
本連載の第1回目、2回目では、「採れたてのフレッシュな状態で提供できる」「自分の手で摘み取って食べるという体験をつくれる」「水耕栽培特有の特徴(根っこがついている等)を応用したメニューをつくれる」「水耕栽培というイメージを逆手に取ってユーモアに変換するメニュー提案ができる」など、foopのコンセプトや機能を見つめる中で生まれた新しいアイデアを実験的に形にし、試食会を通してそれらがお客さんにも喜んでもらえることを検証してきた。一方で、実際に店舗での営業内で活用しようとすると、foopの台数を大幅に増やさないと実現が難しい等のオペレーション上の問題も見えてきた。そうした話を踏まえ、パティシエの視点から後藤氏がどう考えるかを聞いてみた。
後藤(以下:G) 採れたての野菜は香りが良いとか、食感がやわらかいというのは、前回の記事を読んでいて面白いと思いましたね。
橋本(以下:H) レタスであれば、従来のサラダを食べている経験上、「冷たくてシャキシャキしているもの」というイメージがありますよね。だから、常温でやわらかいという本当の状態が、逆に新鮮だったりする。例えば、いちご狩りに行ったときなんかも、意外とぬるいなって感じたりしますよね。
G 思っていたものとギャップがあると。でもそれを「意外さ」という体験に変えて付加価値を与えるという発想はいいですよね。
H 新鮮な野菜を摘み取りその場で食べるという手軽さは、一般的なサラダのように、食べやすくカットされてお皿に盛り付けられた野菜を食べるのとは少し感覚が違いそうですよね。
G よりカジュアルに、スナックを食べる感覚で採れたての野菜を食べる体験というか。例えば、補充する水に塩を入れて育てるとかどうでしょう? 後から味付けをしなくても、塩味のついた野菜を食べられると面白いですよね。栄養素としても使われる塩分ならば、植物が吸い上げてくれるんじゃないかな。foop自体を「調理器具」として捉える、みたいな発想はできないかなと思って。
H それは面白いですね。
G 育てている間から調理を始めるという感覚は新しいですよね。水耕栽培では基本的に適正な条件で育つように設定されていると思うのですが、例えば設定を調整することで通常とは食感の違うバジルをつくるとか、可能ならばそういうふうに特別な野菜を作ってみるなんかも面白そうで。
H あえて光を抑えて弱く育てることで、繊細な野菜を作るとかも試してみたいですね。
G 市場などで売っている野菜は、基本的に規格がありますよね。面白い食材を使いたい場合は、そうした規格に入らないものを扱っている農家とかからわざわざ取り寄せるということもあって。そういう需要と供給が少ない食材をつくるという視点でも、foopは可能性がありそう。
H そういう食材を使うことで、ちょっと新鮮な体験を作れたりしますよね。
「場所」が変われば「体験」が変わる
G 飲食店の厨房のなかにfoopがあると、ちょっと「ラボ(実験室)」っぽい印象を持つ人が多いのかなと思います。これを仮に鳥取砂丘に持っていったとして、そこで野外レストランを開いたりしたら、逆に緑が際立って自然を感じることができるのかなと。これまでの話とはちょっと発想の方向が違うかもしれませんが…。人工的に育てられた野菜だからこそ、例えば砂漠のような、野菜を育てられない環境のイメージを変える演出としても活かせるのかもしれないと思う。
H 「緑」の象徴としてfoopを使うということですね。
G foopを置く環境が変わると、機械が持つ印象が変わりそうですよね。和室にあるのと洋室にあるのとではぜんぜん意味が変わってくる。
H そういう発想で考えると、ホテルの客室にあると面白いかもしれないですね。foopが各部屋に置いてあって、ハーブを摘めるようになってる。例えば、一緒にカクテル・キットなんかが置いてあって、葉を潰して自分でカクテルを作って飲めるとか。レストランのような場所以外でも、お客さん自身にメニューを作ってもらうのは楽しい体験になるんじゃないかな。
G 少しだけ非日常を体験してもらう場所という意味で考えると、ホテルはすごく相性が良さそう。特別な体験になりますよね。
海藻もキノコもジャガイモも
G ちょっと飛躍した話ですが、foopで海藻類とか育てられたら面白そう(笑)。水槽バージョン、みたいな。海藻を自分の手で収穫ってあんまりないですよね。穀物類も育ててみたいですが、背が高すぎてサイズ的に無理ですかね・・・。橋本さんはそういう発想ありますか?
H 僕は、キノコですかね。できるかどうかはわかりませんが、トリュフとか作ってみたいです(笑)。
G それはすごいチャレンジですね(笑)。キノコ類であれば、枕木などに菌を定着させられれば可能性がなくはないのかも。
H あとは、ジャガイモなどの根菜類。「土」の代わりになるクリーンな素材なんかがあれば実現できるのかなと思ったり。背の高い枝に実るもの以外は、foopで作れたら嬉しい。
G 根菜であれば、土から引っこ抜くという収穫感をより体感できそうですね。
G 「foop mini」みたいな小型のモデルを作って、植物がある程度育った段階でfoopごとプレゼントするというのもいいですね。さらにそれを「パクチー専用」とか、ひとつの種類に特化してみるのも面白いかも。
H プレゼントにするとfoopをきっかけにコミュニケーションが生まれるのがいいですね。違う種類の野菜を育てた人たちが、それぞれ持ち寄って食事会を開くとかも楽しそうじゃないですか?あいつはあの食材持っているから呼ぼう、みたいな(笑)
G いいですね。あとは、ヒーター機能やライト機能などを、プラモデル的に拡張できるのは男心をくすぐりますよね。それと、野菜を収穫するためのオシャレなピンセットを開発するとか、周辺ツールが充実していたらより魅力的かも。
課題から逆説的に考える新機能
G 飲食店で言うと、収納スペースを確保するのが大変で…。ある程度育った苗をfoopの専門業者がベストなタイミングの少し前くらいで持ってきてくれると便利ですよね。そうすれば場所を確保することなく新鮮な状態で使える。
H 僕が以前働いていたレストランでは、お店の近くに植えていましたね。提供する際にすぐ収穫できるよう、すでに育ててあるハーブをたくさん買ってくるんです。確かに、ちょうど良いタイミングで苗が届けられると便利ですよね。野菜の貯蔵庫が店じゃないところにもあるようなイメージです。
G もしくは、オーガニック系のスーパーとかで水耕栽培用の苗が売っていたら面白いですよね。最後の収穫部分だけ店でやる、とか。
H 種類が増えてきたら、ネットから簡単に注文できるとさらに便利ですよね。「foop prime」的な、当日配達サービスとかあると嬉しい(笑)。実際に使ってみて、置くスペースの確保って意外と難しかったりして。分業できたら台数を増やさずに野菜の量も調節できそうですね。
G 複数台使うなら、積み重ねられるデザインになっていると良いですね。あとは、今はfoop一台につきアプリ端末を一台しか接続が出来ないので、複数台のfoopをひとつの端末でコントロールできるようになるとより使いやすいですね。パーツのコストが高いセンサー類なんかはメインのfoop一台に絞って、あとは最低限のパーツが搭載されているものをジョイントしていくようなことができたらよさそう。
H それは拡張性もありますね。育てる条件が同じであれば、複数のfoopを接続するというアイデアはいいかも。
「レシピ」も「夢」もfoopでシェアする
前半パートで発見した“シェフ自身が野菜を育てられる”というメリットは、まだまだ展開の可能性がありそうだ。これまでは、自然と同じ環境をfoop内に再現することを念頭に置いてきたが、これからは、野菜の個性をどのように引き出していくかという新たな検証が必要となる段階が見えてきた。そのとき、どのような方法で検証を加速させていくことができるのだろうか?
G foopでの野菜の育て方レシピ(光の強さや温度の調節の設定のこと)を自分がオリジナルでつくれたら面白そう。料理を作るレシピのように、シェフが育てたオリジナルの野菜の育て方が記録されているとか。橋本さんは性格的に、レシピを作るのとか得意そうですよね。「橋本モデルのバジル」とか、「セララバアドスタイルのハーブ」とか(笑)。
H できたらいいですけどね(笑)。仮にレシピを作れるようになったら、シェフが考えてみた育成レシピをウェブ上で公開して、食に興味のある一般の方が家庭で実践してみることもできますよね。オープンソース化というか。逆に、個人が作った面白いレシピを使ってレストランのメニューに取り入れるということもできるかもしれないです。相互に協力してレシピを作ることができたり。
G 現在のfoopでもアプリを連携して育成状況が管理されているので、ウェブとリンクするというのはイメージしやすいですね。やっぱり作り手である僕らにとっては、普通に育てられたものとは異なる、珍しい食材を作ることができたら、それは大きな魅力なので。もしレシピを作成できるようになって、作り手以外からも新たな食材のアイデアが生まれてくると思うとワクワクするし、飲食店と一般の方との新しいコミュニケーションの姿も見えてきそうです。
連載最終回は、新たに自由な発想で食を考え続けている後藤氏の視点も加えて、今のfoopの機能で実験可能なことや、今後さらに技術革新が進むことで実現できるかもしれないことなど、IoT水耕栽培が未来にどんな夢をみることができるかを自由に語ってもらった。今回出たアイデアのいくつかは既に実験段階にあるものもあるし、今回の連載がきっかけでfoop開発チームが取り組み始めたテーマもある。新しい視点や発想を広く受け入れながら、IoT水耕栽培を通してより豊かでクリエイティブな体験を多くの人に提供すべく、foopはこれからも発展を続けていく。そんなfoopが思い描く未来に、今後も是非注目していただきたい。
<プロフィール>
Celaravird 橋本 宏一(はしもと・こういち)
1970年生まれ、大阪出身。「世界一番予約が取れないレストラン」と呼ばれた「El Bulli」、ミシュラン三つ星の「Martin Berasategui」など海外の一流レストランで経験を積む。
帰国後は、マンダリンオリエンタル東京「タパス モラキュラーバー」にて料理長を務め、2015年に「Celaravird」オープン。「気軽に美味しい料理を楽しめるレストラン」として、モダンでクリエイティブな料理を生み出している。
<プロフィール>
PATH 後藤 裕一(ごとう・ゆういち)
大学卒業後、「オテルドゥミクニ」へ。新宿「キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ」を経て渡仏。ミシュラン三ツ星レストラン「トロワグロ」にて、アジア人初となるシェフパティシエとして活躍。2014年に帰国後、新宿時代の同僚・原太一シェフとともに富ヶ谷に「PATH」をオープン。